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黒真樹〜Kuroshinjyu〜と申します。
それは突然やってきました。
人生が変わりました。
2008年9月11日、母が脳梗塞で集中治療室に入院。
友達はおめでた・出産ラッシュというこんな時期に、いきなりやってきた闇。
現在は仕事もバイトも休業。
脳梗塞の処置を終えて退院後、ほとんど脳が覚醒してる時間がなく、着替えや食事トイレも介助がないと出来ない状態の母を2週間ほど地獄の在宅介護。
その後回復期リハビリ病棟にようやくようやく期限付きで入れたが、トイレや食事は介助がないと一人で出来ない為毎日病院に通い出来るだけ介助をしていました。
痴呆症の症状も出ていて目が離せません。
その後老人保健施設に移る。 母曰く、「前にいた病院のリハビリと比べるとここのリハビリは子供だましの様だ」ということ。
他の入所者より10歳も20歳も若い母ならまだまだ回復の可能性があると思い出来る限り毎日通い、手を添えての歩行練習や手すりを活用したストレッチ、子供用のままごとセットや小学生用の漢字ドリルや塗り絵や写真などを駆使して一緒にリハビリをさせる日々。
今では手すりに掴まりながら等安定した姿勢でなら朝晩の着替えが一人で出来るほどに回復。
数年前に、肝臓ガンで肝臓の2/3を切除した父ですが、ガンが再発。
2009年1月に再手術。
癒着もあり朝7時半から丸一日がかりの長時間の手術でした。
現在は自宅で闘病中。
2009年3月、それまでしっかり元気だった伯母(父の姉、80代)に突然幻覚症状が現れ、物を取られたという被害妄想癖も出て、あっという間に進行し痴呆症に…。
火の不始末等怖いので毎日おかずを作って届ける。
2009年3月現在要介護認定申請中。
今までのリハビリの甲斐あって母の要介護度が3に軽くなりました。
以前の意識がはっきりしている時間があまりなく、黒真樹のことが誰だかわからない、という状態から、介助して歩行器を使えば短距離なら歩けるというところまできました。
2009年4月、認知症の伯母(父の姉)と同い年で昔からの近所づきあいがあり、奥さんに先立たれて料理も出来ず、黒真樹がおかずの世話をしていたお茶屋さんのおじさんが脳出血で入院。
オムツなど必要なものを買って持っていっています。
2009年5月認知症の伯母の要介護認定がおり、要介護度1に決定。 週二回のデイサービス開始。
結婚も出産もまだ経験してなくて、まさか自分がこんな歳で親の介護をしなければならなくなるなんて、思ってもみませんでした。
これからの人生、実家の父の食事・洗濯・掃除と、母の介護で終わってしまうと思うと夢も希望見えない日々です。
こんなことになるんだったら、もっとライヴ行ったりスノボ行ったりいろいろ遊んでおけばよかったと後悔。
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突然の人生の大きな変化で、夢も希望もなく介護するために生き続けるしかなく絶望でいっぱいだった黒真樹ですが、少しでも生きる目標を持とうと思い、2009年2月13日通信講座で介護事務の勉強を始めました。
2009年3月18日「修了認定試験」合格
5月23日に「介護事務管理士技能認定試験」受験&合格
結局はどうしても色々な事情もあり、この先来るであろう父の老いにも備えて、母・伯母・父の3人をこれから看なくちゃいけなくなりそうなので2009年3月13日ホームヘルパー2級の勉強を始めました。
4月10日から通学開始。
4月26日スクーリング終了。
6月16日実習終了、レポート提出。
6月23日認定証獲得。
ミクシで介護日記やってます。名前は黒真樹で検索可。 (ホントはもっと楽しい日記になるはずだったのにな・・・)
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